初日

空港内の案内はドイツ語と英語で書かれているし、簡単なマークの表示もあるので(トイレのマークとかATMのマークとか)、なんとかインフォメーションに辿り着く。


私はドイツに来るにあたって、住むところも語学学校も決めて来なかったし、何の伝手もなかった。知り合いも居ない。
ただまあ、言葉もできないわけであるし、泊まるところは確保しつつ旅しようと思っていた。
そのため、着いてから3泊分だけ日本でホテルを予約していた。
その初日に泊まるホテルがMainzという都市だった。
なぜマインツかというと、日本で話を聞いたドイツ好きの方が、フランクフルト周辺のホテルは高いから、電車でほんの30分ほど離れたマインツが穴場だと教えてくれたからだった。
しかしBooking.comなどで探せばフランクフルトでも安いホテルはいくらでも見つかる。と後から知った。
とにかくマインツだ。


(長いです)
インフォメーションでマインツまで行きたいのですが、と訪ねてみた。するととても流暢な英語で「簡単だよ、駅から電車ですぐだ」との返答。そして私の背後を指差し、「ファーストターミナル」と言った。
カウンターにサッカーEURO2012の紹介の冊子があったのでもらい、お礼を言って離れる。電車の路線図が欲しかったのだがそこには無かった。あるいは見過ごした。
指差された方向へ行くと、バスのターミナルのようだった。バスで駅まで行けということなのだろうか。バスの1番乗り場に行ってみたが、どうも行き先の中にマインツはなさそうだ。
だいたいの空港には電車の駅が隣接して付いているものだと思っていたが、この空港内に駅はないのだろうか。
こういった、空港内部の構造だとか飛行機で着いたらどうするかだとか、ちゃんと調べてくればよかったなあ、と思う。
困ったなあ、とそのあたりをウロウロ、自力でインフォメーション掲示板を見て電車の駅っぽい場所を探すが、見つからない。
またインフォメーションに行くのも気が引け、かといってフロアで立ち働いているスタッフに声をかける勇気も無かった。
空港内をぐるぐると歩き回り、それでも駅は見つからず、心を落ち着けるためにその辺の店でナイロンの財布を買う。
日本から持ってきた財布には日本円やキャッシュカードを入れたまま保管し、ユーロとクレジットカードだけ入れる簡易な財布を用意しようと思っていたのだった。
オレンジ色の、マジックテープで開けるときバリバリいうださい財布である。それでも20€くらいした。

またバスターミナルへ戻り、途方に暮れて目の前を発着しているバスを眺めると、行き先の表示が「TARMINAL 1」になっていた。
そうか!ここが第2ターミナルだからシャトルバスで第1ターミナルに向かえって言ってたのか!とやっと気付く。
気が付いてみれば何て単純なこと、常識の範囲内なのに分からなかったなんて、この先一体どうなってしまうのか…と呆然としながらもバスに乗り込みほっと一息。
隣に座った60歳くらいの女性に「このバスって無料ですよねえ?」と英語で尋ねてみたが、まったく通じなかったことで更に心が折れた。まあ、無料だろう。普通無料だ。


無事第1ターミナルに降り立ち(お金は取られなかった)、今度は電車の切符を買わねば、とキョロキョロ見回す。
すると通りかかった中年男性が「May I help you?」と声をかけてくれた。おおお!噂に違わずドイツ人親切!と感動しながら、電車のチケットを買いたいと話す。
すると彼は自動の券売機へ一緒に行ってくれ、代わりにマインツまでの切符を買ってくれた。
とても親切。親切だが、切符の買い方は分からないままになってしまった…
教えてもらったホームへ降り、ちょうどやってきた電車に乗り込む。
30分ぐらいだからわりと近いはず、と車内の路線図を眺めて焦る。「Mainz」が付く駅が3つぐらいある!
この時私はまだ、各都市には必ず「Hauptbahnhof」(中央駅)というものがあり、しっかりした観光案内があったり各地へのアクセスが便利だったりする、ということを知らなかった。だから今ならまあ「Mainz Hbf(Hauptbahnhofの略)」で降りてホテルまでの行き方を調べるなり訊くなりするところだが、その時は分からずただ冷や汗をかいていた。
しかも、電車の扉は手動で開ける形式で、誰も操作しなければ駅に停車しても開かない、ということも乗ってしばらくしてから気付いた。

車窓を流れる風景を見ながら、高い建物が無いのと、やたら林ばかりなのと、メルヘンぽい家がこっちの普通だ、という文化の違いに感激しつつも、降りる駅が気になってそれどころではなかった。(手書き日記より)


そうこうしているうちに電車が最初のマインツが付く駅に停車する。あまり大きな駅じゃない気がした。降りる人もまばらだったし、うん、日本でも一番栄えている駅は端っこじゃないから、ここで降りなくていい。
そして2番目。明らかに栄えた雰囲気、そしてたくさんの人が降りる気配を醸し出している。と、意を決して降りたそこがまさに中央駅であった。ほとんど偶然、運が良かった。
このくだりに関しても、ホテルに最寄の駅くらい確認しておかなかった自分の迂闊さが悔やまれた。
時刻は18時をまわっていた。駅の正面にある観光案内は18時で閉まっていて、またしても途方に暮れた。おまけに駅の周りの地面は石畳、平らではない上目地が1cmぐらいあってスーツケースの車輪が取られ、ものすごく移動が大変だった。なにこの不親切な道、と肩を落とす。(しかしこれも後から知ることだが、その石畳はドイツではデフォルトというか、普通のことだった)
疲れて、もう多少高額になっても仕方ない、とタクシー乗り場へ。
プリントアウトして持ってきていたホテルの予約票を見せ、ここまで近いですか?と訊いてみる。
「近いよ!10分ぐらい」と陽気な運転手は言った。その笑顔を見てやっと詰めていた息を吐き出した。
ぼったくられることもなく、マックにも寄ってくれて(ドイツに来て初めての食事がマック…)、「明日も駅に行くなら電話して」と名詞もくれた。明るいロシア人運転手だった。
なんでマックだよ、と思ったけど、そのホテルの周辺には一切レストランやカフェが無く、途中で寄れるのはマックかサブウェイくらいだったのだった。
ホテルのフロント係も英語がものすごく流暢で気持ちよく、部屋に入って日記を書き9時には寝てしまった。